コラム一覧

新品同様の窯は……

 当然だけれど、買った当時のような焼成ができた。電気窯は、熱を伝えるカンタル線が長年の使用で痩せて細くなり、焼成時間が長くなってしまう。カンタル線が伸び、炉壁に収まっていたのが、はみ出してくる。線のおどりと言う。

 棚板4段で、修理する前は十時間以上かかっていたのが、半分の焼成時間で終わる。うわぐすりもよく溶けている。絵の具の上に透明釉をかけるのだが、以前はうわぐすりにちぢれが出て、めくれ上がったような部分ができたのが、きれいに付いている。釉薬の濃さを工夫したせいかもしれないが、メンテナンス前は濃さの調整をしても、1割程度は失敗が出てしまったのだ。

 窯の状態が良く、きれいに仕上がると、純粋にシアワセです。人生に悩み事は尽きないけれど、曇りのないしあわせな部分が日々の流れの中にあるというのは、本当に幸せです。

 

2019年02月16日

さきがけの花

 近所の公園の梅が咲いた。

 梅は精力が強い。冬の寒気を押しのけて、真っ先に花を開かせる。梅の幹に手のひらをかざすと、かすかだがじんじんとエネルギーのようなものが伝わってくる。ほんのり暖かみを感じることもある。

 寒い中、枯れた景色をほんの少し彩って、白や濃いピンクの花がちらほら見えると、心が弾む。冬の楽しみというものもあるけれど、やっぱり冷気に包まれた暗い季節だし、早く冬から逃れ出たい。

 妹が友達にもらった梅酒の梅が、冷蔵庫にまだいくらか残っている。細かく刻んて、ヨーグルトに混ぜると、すごくおいしい。

 

 

2019年02月14日

 陶芸の電気窯の大々的なメンテナンスを行なった。炉内を入れ替え、電気系統も新しくなった。汚かった外側も、きれいに磨いてくれた。25年くらい前に購入した窯だが、新品同様になった。

 陶芸をやっていると、窯には深い思い入れが湧く。形作りも釉薬がけも絵付けも、焼成に失敗したら、すべてが無駄になる。神経を使って作り上げた物が、醜い物体になってしまう。

 焼きに成功すれば、ときには得も言われぬ色合いが陶器の肌に現れる。絵の具では絶対に表せない色が、焼成によっていくらでも作れる。

 この窯を買ったとき、それはさんざん考えた末に自分で器を焼いてみようと決めたときで、新しい恋人ができたように、心が踊った。恋人に出会うより、もっと嬉しかったかもしれない。窯は、私の夢を実現してくれる、大切なパートナーだったからだ。人は裏切るが、道具は裏切らない。その確かさが、たまらない魅力だ。

 

 

2019年02月13日

ボヘミアンラプソディ

 暮に、いつ終わるかもしれないと焦って、新宿の映画館に駆けつけた。凄い混みようで、オンラインでチケットを買っておけばよかったと後悔した。次の回のが買えて、喫茶店で時間を潰し、とにかく見ました。

 当時はクィーンにさして興味はなかったのだけれど、曲はもちろん知っているし、自分の青春時代の空気感も蘇って、気持ちが巻き込まれた。ラストのコンサートのシーンは圧巻で、テレビの宣伝では最後の20分でボロボロ泣く人がたくさんいるみたいだったが、私は泣きはしなかったけれど、もう20分これを見ていたいと、クィーンのサウンドに浸っていたいと、切に願った。

 不思議な映画だ。見終わってしばらく、曲が頭の中に充満し、一種の中毒症状に陥り、また見たくなるのだ。

 若者に混じって、中高年の人がけっこういた。フレディ・マーキュリーと同年齢かちょっと下の人達。私もその一人。

 あらためてクィーンの曲を聞いてみようと思った。振り返って、彼らの音楽を再発見した。あの熱いサウンド。熱い魂。

 年寄りの愚痴みたいに聞こえるかもしれないけれど、あれほどハートを感じられる音楽が、今の時代にはないように思える。クィーンだけじゃなく、ビートルズやローリング・ストーンズやピンク・フロイドなどなど……。

 インターネットの世の中になってから、何か貴重なものが、人々の営みからごそっと抜け落ちてしまったような……。

2019年02月12日

今日も穴掘り

 樹木は植えてから一年以上経った冬に、木の周りに穴を掘って施肥をする。ジューンベリー、スカイペンシル、キンメツゲ、クライミングローズ、シマトネリコ。今週は冬の施肥をずいぶんやった。木の肥料遣りは、これで完了。

 自分がガーデニングにこれほどのめり込むとは、思ってもみなかった。芝も自分で張ったし、木もずいぶん植えた。レンガを積んで、花壇も作った。

 これは二年前、張った直後の芝の状態。今は、芝は土の部分までびっしりと根を伸ばし、庭全体を覆い尽くしている。

 

 

2019年01月25日

乾燥

 うっかりするとひと月くらい雨が降らないのでは。干上がった大きな河。河床がひび割れている。

 草花の鉢もすぐ乾く。冬はひんぱんに水をやらなくてもいいのだが、今年はそうもいかない。

 母の形見のつくばいに、野良猫が水を飲みに来る。

 

 

2019年01月24日

つるバラ

 冬はバラは休眠期で、根も茎も活動していない。動物が冬眠するみたいなものだ。
 バラは眠りこけているので、枝をバシバシ切っても、根に悪い影響を与えない。この時期に、育たなかった枝を切り落とし、メインの枝をトレリスやフェンスに、見栄えよく這わせる。細い枝は短く切っておく。

 春夏の成長期の枝は固くて、思うように曲げることができない。無理に曲げるとポキっといっちゃいそうだ。冬眠しているバラの枝は、水分が少ないせいか、簡単にたわめることができる。枝は水平に這わせなければならないのだが、気持ちよく思い通りになってくれる。

 寒くなってもかろうじて枝にくっついている葉っぱも、全部取ってしまった。剪定は妙に気分がスカッとする。勢いづいて、やり過ぎたかも。

 

2019年01月23日

冬の間に

 冬の施肥。木の周りに15センチ間隔くらいで小さい穴を掘り、油粕を埋めていく。一本の木に対して、油粕10粒から15粒くらいが目安。今日はジューンベリーとツゲ6本に肥料を施した。つるバラとシマトネリコにもやらなければならないが、くたびれたのでまたの機会に……。と言って遅くとも2月上旬までには終わらせなければならない。栄養たっぷりの土に根が伸び、木々は早春から活動開始だ。

 庭仕事用のダウンジャケットを着込んだせいか、寒さは感じず、空は青く、根気はいったけれど、楽しい時間でした。

 

 

2019年01月22日

バラの植え替え

 冬の庭仕事のひとつ。ミニバラの植え替え。毎年やったほうがいいらしいが、同じ土で二年目に入ったら、とたんに花の付きが悪くなり、雨がちょっとでも降ると、葉がみんな落ちてしまった。やはり、面倒くさがってはダメだのだ。

 鉢いっぱいに根を伸ばしているので、取り出すのにひと苦労だった。固くなった土をシャベルと指でほぐし、根を切らないように注意しながら、そうっと抜いた。今日はベランダで土まみれになった。

 先日、テレビで破傷風の怖さを放映していた。若い女性が、バイト先で泥のついた大量のタマネギを素手で剥いていた。そうした作業が時々あり、ある日、体に異変が起きた。口が笑い顔のように横に広がって開いたまま、閉じることができなくなり、そのあと苦痛が襲ってきた。その人はすぐ医者にかかり、事なきを得たが、死ぬこともあるらしい。

 昔、うちに仕事に来ていた大工さんの息子さんが、古釘が指にささり、消毒もせずにそのまま仕事を続けていたら、夜になって、やはり口が開いたまま、閉じられない症状が出、その晩亡くなった。そんな話をそのテレビを見ながら、妹が喋った。

 なので、ゴム手袋をして、バラの植え替えをしたのだが、バラのトゲで手袋は破れ目ができ、そこからまさか菌は入るまいなどと少し気にしながらの作業でした。

2019年01月20日

ペットのごはん

 犬の餌を質の良いものに変えたので、それまでストックしていた安価なドッグフードの缶詰が、大量に余ってしまった。もったいないから野良猫のマダちゃんにあげようと思ったが、調べてみると、ドッグフードをネコに与えてはいけないことがわかった。

 ドッグフードにはタウリンというアミノ酸が入っていない。犬はタウリンを体内で自然に作れるから、食事で摂取する必要がないのだ。いっぽうネコは、タウリンを体内で生成できず、食事で摂る必要がある。ドッグフードをネコが食べ続けると、タウリンが不足し、眼病などの病気になる恐れがある。

 犬とネコは、同じ四ツ足でも、まったく違う生き物なのですと書いてあった。なるほどね、見た目で判断しちゃいけないのね。

 

2019年01月19日

犬のクツ

 犬のお祓いをしてくれるので、御嶽神社にはワンちゃんがいっぱいいる。ロープウェイの駅のところに、黄色いクツをはいた小型犬がいた。山道は石ころも多いし、ロープウェイから神社までの道のりはけっこうきついから、か細いワンコの足を気遣っているのだろう。

 犬がクツをはくというのは、ちょっと首をかしげる光景でもあるけれど……。

 足首がゴムになっている犬のクツを、脱がせようと引っ張ったら、足にピッタリついていたゴムの下の毛と皮膚が、ベリっと剥がれてしまった、もう長いことお医者さんに通っていると、近所の人が嘆いていた。その人は、フローリングの床で犬が足を滑らせるので、クツを履かせていたのだ。飼い主はいろいろなことを心配し、工夫をする。愛する動物のために、試行錯誤を繰り返す。気持ちはよくわかるよ。

 

2019年01月16日

パリの獣医さん

 図書館で、ふと、見つけた本。日本での出版の日付を見ると、25年前になっている。フランスの著名な獣医師であり動物学者でもある著者のエッセイだ。邦題が、『パリの獣医さん』。

 犬とネコの、さまざまなエピソードがいきいきと描かれ、笑ったり泣いたりしながら、読み終えた。分厚い本だが、内容があまりにも面白く、刺激に満ちているので、本の厚みは苦ではない。

 動物から人間が学ぶ、奥深いもろもろのことについて、著者は繰り返し語っている。私自身、思い当たることが多い。

 日本の法律では、動物は生き物ではなく、物として扱われている。動物を殺すことは、「器物損壊」になる。この認識が、人間の意識の中にまだまだ深く染み渡っているように思える。「パリの獣医さん」は、人は犬やネコを、畑のカブや人参ぐらいにしか思っていないと書いている。だから、いらなくなった野菜を捨てるように、持て余したペットをうっちゃるのだ。

 動物には知能と感情がある。身近に動物がいれば、それは自然にわかる。知能と感情を持っている生き物を、人間は捨てたり殺したりしているのだ。

2019年01月15日

冬の仕事

 冬の庭仕事は、思いのほか忙しい。

 ミニバラの植え替え。つるバラの剪定。樹木にも置き肥をしなければならない。

 冬は植物が休眠するので、枝を切ったり根を多少いじったりしても、影響が少ないのだ。

 庭用のコートを着込んで、寒気の中、働くのは、正直しんどい。手間を惜しまなければ、春になってご褒美が来ると自分を励まし……。
 たしかに植物は、人間の努力にはきちんと応えてくれる。1足す1は2の、すっきりした世界だ。

 ジューンベリーが春にそなえて、もう芽をつけている。裸の木の枝先に、たくさんの芽がついているのを見ると、本当に嬉しくなる。

 

2019年01月13日

芽が出たよ

 ラナンキュラスの球根を植えた。去年、春、花が終わったあとに球根を掘り出し、物置にしまい、初冬に百均で買った鉢に浅く植えた。こんな手間のかかることをする人は、あまりいないらしい。咲いてる鉢を買ったほうが簡単だ。花が終わったら捨てて、次の季節にまた購入すればいいと思いながら、何故か意地になって、朝鮮人参みたいな小さな球根を植える。もし咲けば、お金をかけずにまた花が楽しめるという、いじましい貧乏根性が、心の土壌に根を張っている。

 でもそれだけではないかも。花の時期が過ぎたからといって、根はちゃんと生きているのだ。命をゴミ袋に捨てるのが、なんとなく嫌なのかも。

 

2019年01月11日

御嶽神社

 御嶽神社には、ペットの祈祷をしてくれる場所がある。なので山には犬を連れた人がたくさんいる。ケーブルカーに犬を乗せてもいいのかもしれない。

 東京のどこかにも、ワンニャンのお祓いをしてくれる神社があるそうだ。

 初詣、私達は毎年、深大寺に行く。バスで5~6分の距離だ。深大寺には動物の火葬場があり、大きな供養塔も建っている。今年はうちのかわいいプードルのために、御札を購入した。一度に3つも4つも買っていく人もいる。何匹も飼っているのかしら。

2019年01月10日

ラナンキュラス

 バラと同じくらい好きな花。花芯を幾重にも取り巻く、薄い花びらが豪華。小さいけれど、豪華。これからダンスパーティーに行く少女のスカートみたい。

 これは去年の花。花が終わったあとの球根を掘り出し、夏の間保存して、12月の初めに植えた。親指の爪くらいの、朝鮮人参に似た形の球根だ。植える際、濡れたティッシュペーパーなどに包んで一晩置き、柔らかくしてから植えると、園芸サイトに書いてあったが、面倒なので今年はカラカラに乾いたやつを、そのまま土に押し込んだ。順調に芽を出したので、手抜きでもいいみたい。

 

2019年01月05日

謹賀新年

 あけましておめでとうございます。

 年頭から、エネルギーの静かな高まりを感じます。この手にしっかりと、貴重なものをつかみとりたいと、今年は前を見据えて、地面を踏みしめて歩んでいこうと決意しています。

 目の前のものに真摯に取り組めば、必ず実りがあると信じています。

 

2019年01月04日

犬の服

 犬に服を着せるのは、趣味じゃないのだけれど、もらった服をこの子に着せたら、愛らしくて……。

 ちなみにプードルは、寒さにも暑さにも弱く、毛はすぐに伸びるけれど、アンダーコートがなく、低い気温は体にこたえるらしいです。

 

2018年12月30日

年末

 年賀状を書かないことにしたので、その分暇な年の瀬です。

 年賀状という日本独特の習慣、始まったのはたしか明治時代。もっと古い時代から連綿と続いていたと思っていたので、いささか拍子抜けでした。そんならここらでこの習慣をすたれさせてしまってもいいのでは、と。

 親友がネットから、クリスマスカードをくれました。音楽付きで、きれい♡ 年賀状シリーズもあるので、クリスマスカードのお返しに、年賀状をこれで送ることに……。

 年賀状製作(illustratorとPhotoshopを使って、自分で作る)と宛名書きがなくなったので、空いた時間に『ボヘミアン・ラプソディー』を見に行く。明日、行くんだ。ウレチイ。

 



2018年12月26日

冬を彩る




 木々は葉を落とし、草は枯れ、色の褪せた風景の中で、唯一と言っていい彩りだ。私、この植物がサザンカだと、つい最近知った。どう見ても、椿にしか見えないじゃないの。そういえば、この季節、椿は終わりかけているかしら。椿からバトンを渡されたように、この椿そっくりの花が咲くのだろうか。

 サザンカは「山茶花」と書くが、お茶に関係がある植物だろうか。

2018年12月24日

 注文品の素焼をしようと電気窯のスイッチを入れたら、故障していた。炉内温度を示す針が狂い、数分たつと通電していることを表すランプが消えた。今週の火曜日のこと。いろいろ試し、焼成できないとわかり、メーカーに電話した。ショックと気疲れで、体から力が抜けた。

 窯の内部を取り替えるメンテナンスをすることになり、昨日、メーカーの人が窯を取りに来た。スケジュール上、修理が完了するまで、一ヶ月程度かかるとのこと。注文品の納入には、なんとか間に合うだろう。

 このメーカーの社長さんに、この窯の購入を検討しているとき、会ったことがある。職人気質の一徹な人柄で、陶芸を始めたばかりの、若く頼りない私に、厳しく容赦ない言葉を浴びせた。かなりへこんだことを、今でも覚えている。20年以上前の話だ。
 へこみ、怒り、それでも窯を買い、その後、社長さんの言葉に嘘偽りがないことを知った。陶芸の道は厳しかったからだ。

 昨日、故障した窯を取りに来た若者は、社長さんのお孫さんだった。祖父は10年前に亡くなりましたと、お祖父様とはあまり似ない、柔和な顔立ちの若者は言った。

2018年12月22日

塩害

 紅葉を紹介したサイトの、真っ赤に色づいた写真に惹かれて、友人と鎌倉へ。ホームページには、今年は夏の暴風雨で、木々に塩害が起こり、紅葉
は例年の美しさが期待できないと、書いてあった。掲載の写真は去年のものですと、断わり書きが添えてあった。
 少しぐらい色褪せていても、紅葉は楽しめるだろうとたかをくくって、日々の煩い事から開放された私たちは、足取りも軽く……。

 しかし、塩害は半端じゃなかった。多くのカエデやモミジの葉が、薄茶色のチリチリに縮れた葉をくっつけ、境内も寺を囲む森や山も、茶色にくすんでいた。それでも塩害を免れた木は何本かあり、撮った写真を並べれば、平和な秋の風景に見える。

 

 

2018年12月11日

水道

 水道事業が、半分民営化する。間違いなく、水道料金が上がるだろう。
 水が高くなると、いろいろなものが値上げされると思う。さまざまな業種で水を大量に使うから、外でご飯を食べても、お酒を飲んでも、医者にかかっても、日々の食料品を買っても、温泉に行っても、服をクリーニングに出しても、財布から出ていくお金は確実に多くなるだろう。

 消費税が上がり、物価が上がり、みんなの財布のヒモは固くならざるを得ない。またまた不況に逆戻りだ。

 安い賃金で外国人を働かせる法案も通ろうとしている。不況になったら、人手不足に悩むこともなくなるのでは、と思う。日本人も外国人も、お給料は安いままで、高い物価に首を締められる思いで、皆暮らすのだ。

 野党に政治を司る力がないから、政治の均衡は取れず、政治家には何一つ期待できない。暗澹たる未来が待っている。

2018年11月28日

動物病院

 引き取った保護犬の歯茎に穴があいていて、うちに来る前にボランティアさんが医者に見せ、口腔手術を施した。しかし縫合した箇所が癒着せず、再び穴があいてしまった。
 うちから比較的近い場所に、東大獣医学科卒の、優秀だという評判の獣医師がいて、その動物病院にかかっている。歯茎の手術は難しく、技術の高い医者でないと、このたびのように縫合が破れてしまうらしい。

 初め、ある人から別の病院を紹介された。そこの先生は外科手術では日本で一番だと言われた。費用もなかなかで、保険診療で15万、保険を使わなければ30万だ。金額と、その病院が遠く、術後の通院が大変なので、今の病院を選んだ。

 獣医さんに見せたら、即手術ということになった。妹がどのくらいお金を用意すればいいかと、恐る恐る聞いたら、手術と一日の入院費で、7万かもうちょっとかかるかもしれないと言われ、内心胸をなでおろした。

 それにしても、病院によって、どうしてこんなにも医療費が違うのだろう。

2018年11月26日

犬の食事

 ブリーダーにひどい飼い方をされていたので、とにかく栄養をつけなければと、ドッグフードを工夫した。ミルと名付けたトイ・プードルは、今、穀物の入っていない、ほとんどが肉のフードを食べている。ほとんどが、と言うのは、肉の他に少量の果物が入っているからだ。

 このフードは、野生動物の生態をもとに作られている。犬は言うまでもなく肉食動物だ。肉食動物は草食動物を捕らえて食べるが、その時、肉だけでなく、内臓も食べる。草食動物の胃には、草や木の実が消化されない状態で残っていることがあり、肉食動物は獲物の胃も食べるから、少量の草や木の実も体内に入れることになる。その状態を考慮して、このフードは作られている。

 ドッグフードの研究が進んでいるのだと感心する。ちなみにこのフードは外国製だ。

 スーパーで売られている缶詰のご飯を与えていたときより、ミルの食いつきはいい。栄養価が高いので、スーパーの缶詰より量を少なくしているが、あっという間に食べ終えて、まだ欲しそうにウロウロしている。もっとあげたくなるけれど、過剰に与えるのは良くないらしい。

2018年11月24日

保護犬

 保護犬を飼い始めたら、保護犬のボランティアをしている人が、私の身近にもいることがわかった。一人は定期的に飲み会を開いている仲間で、もう一人はうちの近所に住んでいる人だ。

 今までペットショップで犬を購入していたが、今度は保護犬を飼ったという人もけっこういる。人々の間で、保護ペットへの関心が高まっているのだ。

 金曜日のナイトドラマ、「ボクとしっぽと神楽坂」という若い獣医師のドラマでも、よんどころない事情で捨てられた犬や、飼い主が亡くなってしまった猫や、ブリーダーの繁殖犬だった犬が登場する。動物の殺処分は、社会問題化しつつあるのかもしれない。

 ドイツではペット業界への規制が厳しく、ブリーダーが犬に仔を産ませる回数が制限されていたり、そもそも店で動物を販売するということがないらしい。生命を尊重する姿勢は、その国の文化だと思う。日本には文化が根付いていないように思える。

2018年11月23日

ペット産業

 保護犬ボランティアの人と話をしたおかげで、ペット業界の裏側を知った。恐ろしい話が、次々と出てきた。

 東京都と神奈川県が、犬と猫の殺処分がゼロになったと発表した。しかし実態は、他の県に連れて行き、殺している。

 売れない子犬を山に放置する。人間に育てられた子犬は自力で生きていくことができないから、間もなく死ぬ。生き埋めにすることもある。

 あるいは、生きたまま冷凍庫に入れて、凍死させる。

2018年11月22日

野良

 未熟児の野良ネコに餌をやり続けて、一年以上たつ。痩せて、小さくて、薄闇が漂う道を、とぼとぼとおぼつかない足取りで歩いていた。孤独な姿だった。

 今では、むっちりと肥え、冬毛のせいでさらに膨らんで見え、中年太りが始まったオバサンのようだ。ネコのために庭に置いた犬小屋で、雨宿りしたり、ご飯を待ちながらくつろいだり、こんこんと眠っていたりする。警戒心が強く、手を差し出すと怯えて後ずさりするから、見事な毛並を撫でることもできないが、私たちは勝手に名前をつけ、うちのコだと思い込んでいる。

 アメリカンショートヘアとなにかの合いの子で、黒と灰色のまだら模様はゴージャスだ。

 近所に野良ネコの避妊手術や野良の子猫の譲渡会を開いているボランティアの人がいて、この子も割安で避妊手術をしてもらった。調布市では、申請すれば、野良ネコの避妊手術の費用を上限2万円まで援助してくれる。ただし援助が受けられるのは、当該年度の手術で、この制度を知ったのは手術の翌年だったので、諦めるしかなかった。

2018年11月14日

なんか変でしょ

 今日は11月10日。ふつうならセーターを着る季節だ。なのに犬の散歩はタンクトップの下着に長袖シャツで、ちょうどいい。湿度もあり、庭の落ち葉を掃除していたら、長生きしている蚊の攻撃を受けた。苛立ちながらも、蚊が必死で命をつなごうとしていることに、妙に感じ入ってしまった。

 虫も人も、生きることに懸命なのだ。命を授かっているものは、絶え間なく生に向かって前進するのだ。そんなことを、痒みに耐えながら考えたりした。

 今年は暖冬らしいけれど、この気温は暖冬というようなレベルじゃない。

 桜の紅葉を期待していたけれど、近所の桜の木は、紅葉しないて葉が落ち始めた。

 

2018年11月10日

災害列島

 一週間のうちに二度、大災害に見舞われた日本列島。太平洋の端っこにほっそりと伸びたこの島国、ただでさえ小さくか細く見えるこの国が、ボロボロになっていく。

 これまで見たこともない光景が、次々にテレビ画面に映し出される。一瞬で家族を、家を、失った人達が、大勢いる。

 東日本大震災以降、日本は危うい国になってしまった。地震も台風も、凶暴に人間を攻撃してくる。可能ならこの国を捨てて、どこか安全な場所へ移りたいと思ったりもするが、自然が恐ろしい力を奮っているのは日本だけではないから、結局どこにも逃げ場はないのだろう。それに移住するアテも資金もない。

 破壊力を持った暴風雨は、温暖化によるものだと思うけれど、気象学者は因果関係があると断定はできないと言っている。でもオゾンホールができ、温暖化が進んでから、異常気象はひどくなっているのだから、二酸化炭素の排出を抑えて、自然エネルギーを使うようにしていけば、気象は昔のような状態に戻るかもしれない。

 苦しんでいる人が山ほどいて、これからも大災害が起こる可能性が高いのに、それでも政府はカジノをやるつもりなのだろうか。

2018年09月07日

野良猫


 ネットで保護犬について調べていたら、保護猫の写真がいっぱい出てきた。捨てられて人間不信に陥っているネコ、怯えた目をした、淋しげなネコ。

 私が住んでいる界隈には、常に何匹かの野良猫がウロウロしている。痩せたネコもいるが、たいがいは肉づきがよく、足も太く、立派な体格をしている。餌をやっている家が、何軒かあるのかもしれない。
 この界隈は建ぺい率が厳しく、どの家も庭があり、樹木や草が茂っている。小さいけれど公園もふたつあり、ネコたちの隠れ 場所はいたるところにある。

 野良猫は自由だ。餌さえもらえていれば、好きなところに行き、好きな場所でくつろぎ、居心地のいい物陰で眠る。家の中で 飼われているネコより、幸せかもしれない。動物本来の生き方ができるのだから。

 まして、飼われて捨てられたネコたちに比べたら、圧倒的に幸福だ。

 この写真を撮ったのは、5年くらい前で、私達が勝手に「オカメ」と名付けたこのネコは、今は相当に老いてしまった。春頃、久しぶりにやってきて、しばらく居付いたが、夏からは見かけない。体を動かすのが大儀そうだった。人間で言えば90歳くらいの感じで、天国に行くのも時間の問題だろう。

2018年08月24日

荒川のほとり

 荒川の岸辺に、釣り好きのオジサンたちが、岸から水の上に張り出すように、手作りのデッキを設置している。パラソルやよしずでうまい具合に日よけを作り、椅子や飲み物を用意して、釣りを楽しんでいる。それなりに快適そうな場所だ。
 むろん、これは違法だ。国土交通省の注意を無視して、オジサンたちはささやかな「オトナの秘密基地」に憩っている。

 この違法行為をテレビが取材し、リポーターが非難をこめて、オジサンたちにマイクを突き出し、インタビューしている。
 オジサンたちは開き直って、年金暮らしでこれくらいしか楽しみがないと、なんでいけないのかと、食って掛かっている。

 いけないことだけれどね。これくらい見逃してもいいんじゃないかと、私は思う。川が増水して、デッキが流されたら危ないとか、番組ではいろいろ言っているけれど、よその国はもう少しおおらかなんじゃなかろうか。日本という国は、重箱の隅をつつくように、あれはいけない、これも禁止と、人々を締め付けているように思える。

 オジサンたちは、誰にも迷惑をかけていないし、危害を加えてもいない。魚を取りすぎて、生態系を壊してもいない。

 正義の旗を振りかざして、人々の精神を追い詰める、平成の日本の風潮に反感を覚える。

2018年08月15日

幽霊

 人間が道を歩くのに混じって、霊も浮遊していると言った人がいる。生身の人間が知らないで霊の体(?)を通り抜けているとか……。ホントかな? 別に怖がらせるためにそんなことを言っているのではないと思うから、その人の目にはそう見えるのだろう。

 幽霊は、どうして怖いのだろう。死は、どうして不気味なのだろう。

 死が不気味なのは、死体が気持ち悪いからだ。人間も動物も、生命が途絶えた肉体は、受け入れ難い恐ろしさを持った物体でしかない。死が不気味だから、幽霊も不気味で怖いのだろう。

 なぜこんなことを考えるかというと、いずれ私も死んで霊になるからだ。幽霊になってしばらくこの地上をウロウロするのかもしれないし、思いきりよく空のかなたに飛んでいってしまうのかもしれないが、確実に私も霊になるのだ。
 霊になると、どんな気分なのか、どんな感じがするのかと、妙にリアルに考えることがある。

 輪廻転生を信じるならば、(私は信じているけれど)、霊になるとどんな感じで、あの世はどういうものなのか、私は本当は知っていることになる。さんざんあの世で過ごして、それからこの世に生まれ出たのだから、あの世のことはようく知っているはずだ。しかし生きている人間には、あの世の記憶はない。

 何なんだろうね、人間って。

 自分が霊になったとき、生きている人間から怖がられたくないなあ、と思う。

2018年08月10日

新潟のとある宿で……

 友人のK子、T子と温泉宿に泊った晩のこと。

 夕飯のあと、部屋で酒盛りをして、いい気分で布団に入った。

 旅の疲れも出て、爆睡した眠りが、少し浅くなり始めた頃だろう。ふいに誰かが私の顔を覗き込んだ。前髪を切り揃えた、おかっぱ頭の小さな女の子だ。子供用の丹前のような着物を着て、両袖を胸の前できちんと合わせて、近々と私の顔を覗き込んでいる。「この人は、だあれ?」といった感じの表情をして。
 夢うつつがほんの少し冷めかけた頭で、私はK子がイタズラをしているのだろうと思った。この部屋に子供がいるわけはないから、ボブ風の髪型をしたK子が私をからかっているのだろうと思ったのだ。馬鹿ねえと頭の隅でつぶやきながら、私はまた眠りに落ちた。

 朝になり、昨夜の酒盛りのあとを片付けながら、私はK子に言った。
「ゆうべさあ、K 子、あたしの顔を覗いたでしょ。すごく顔近づけて、しばらく私を見てたでしょ。あたし、わかってたんだから。すぐにまた寝ちゃったけど、気づいてだんだから」
「……?」
「とぼけたってだめだよーだ。なんか悪戯しようと思ったんでしょ」
 あたしはゆうべは布団から一回も出なかったよと、K子は真顔で言った。トイレにも起たずに寝てたよ。
「だいたい、なんであたしがそんなマネしなきゃなんないのよ……」
 笑いながら言った語尾が、急にしんみりする。間を置いて、何かを思いついたという表情で、K子は言った。
「あのね、怖がらせたくないから言わなかったけど。ゆうべね、夜中に目が覚めて、トイレに行っておこうかと思って起き上がったら、部屋の中に女の子がいたの。窓からの月明かりで、見えたの。昔風の子で、おかっぱ頭で着物を着て、そのへん(とテレビの前あたりを指さした)に立ってたの。びっくりしたけど、あまり怖くはなかったわ。これってよく言う座敷わらしみたいなものかと思って……。でもさすがにトイレに立つ勇気はなかったわ。あたしがおろおろしているうちにいなくなっちゃったけど……。
 私は息がつまりそうになった。それから夢中で言った。

 私の顔を覗いたのは、その子よ!

 

2018年08月05日

幽霊

 知り合いの女性の画家は、幽霊を見ることができる。家の中に、幽霊の通り道というものがあって、「あっ、また通った」というごく日常的な感じで、幽霊を目撃するのだそうだ。彼女にとっては、霊がウロウロすることは、人がうろつき回るのとあまり差がないことなのかもしれず、恐れたり驚いたりすることはないらしい。不思議な人だ。

 私は、昼間、彼女のように幽霊を見ることはなく、幽霊というものは心底怖いけれど、寝入りばなや明け方の夢の中に、時折これってもしかしてヤバいかな、というようなものが出てくることはある。ただの夢なのか、本当に何かがいるのか、それを証明することはできない。ただ私の感覚の中で、存在の確かな手応えを得る、と言うしかない。

 数日前、4年前に亡くなった叔母の夢を見た。夢の中で、叔母は生きているときと同じ飄々とした雰囲気で、私の部屋を訪れ、ちょっと様子を見に来ただけ、といった感じで、また飄々と去っていった。その直後、夢の中で私は叔母が亡くなっていることを思い出し、凄い恐怖に襲われ、大騒ぎして震えていると、場面が変わって、なんとも暗い顔の人物が号泣している映像が現れた。その人物は叔母とは似ても似つかないのだが、悲しみにくれるその人物を見たあと、叔母の幽霊を見た恐怖が、嘘のように消え、叔母が霊になってそこらへんにいることが、当たり前のことのように思えた。なにを私は怖がったんだろう……。と思っているうちに、目が醒めた。

 完全に目覚めてから、亡くなった叔母が本当に来たと思った。

 叔母は個性の強い人で、根は温かい人だけれど、傷つけられることも多かった。このところ、生前の叔母の欠点などもろもろのことを思い出し、亡くなったとはいえ、叔母を許せない気持ちになっていた。だから……かな……? だから、現れたのかもしれない。

2018年08月02日

 30年くらい前から、科学者は警告していた。人類の文明がこのまま進むと、自然の仕組みが壊れ、地球は人間が住めない環境になる、と。
 文明の進展は、崖っぷちに向かって暴走する機関車のようだ、とか、軒先に火がついているのに、居間でのんきに過ごしているようなものだ、とか。いろいろな比喩を用いて、科学者は危険を訴えていた。

 誰も耳を貸そうとしなかった。

 目を瞠るばかりの災害と、続く酷暑。軒の火がいよいよ窓枠に燃え移った。部屋が燃え始めるのは、時間の問題か……。
 子供と老人から死んでいく。

 世の中を動かす力を持った人達が、真剣に考えなければならないのだけれど、そういう人達は経済と軍事に夢中になっていて、または選挙に勝つことが最大の関心事で、人間の未来についてまったく考えていない。

 これからも悲しい出来事が次々に起こるのだろう。いっぺんに妻と子供二人を失った男の人は、明日からどうやって自分を支えていくのだろう。来年は関東が大災害に見舞われるかもしれない。住む場所をなくしたら、私はどうやって生きていけばいいのだろう。

 地震は避けられない災害だが、温暖化による異常気象がもたらした惨事は、避けられたはずの災害だと思う。今夏の災害は、根本を考えれば、自然災害ではなく、人災だと、私は思っている。現代文明に生きている私達一人ひとりが、土砂崩れと河川の反乱を引き起こした責任を、少しずつ負っているのだ。
 

2018年07月20日

オパールの部屋・・・石

 有楽町の国際フォーラムの中庭に、彫刻家、安田侃の作品があります。すべすべした、真っ白な、巨大な石です。ひたすら磨き上げて、この心地よい滑らかさを作り出したのでしょうか。
 安田侃さんは北海道の出身で、北海道には安田さんの作品がたくさんあります。アルテピアッツァ美唄は古い小学校の建物を利用した安田侃の美術館で、周辺の森や芝生の広場にも、大きな作品が点在しています。その他、札幌市内にも、あちこちに作品が置かれています。
 安田さんの作品は、とても不思議な雰囲気を持っています。何トンもある巨大な石なのに、ある晩、皆が寝静まったその隙に、それはふっと天から舞い降りてきたに違いない……。あるいは、年に数ミリずつ、この石はひとりでに移動していて、十年くらいたったときに、あれっ、この石、前に見たときと位置が違うよ、と誰かが気づいて、ゾワーっとする……。そんな想像が湧いてしまいます。硬い石なのに、どう考えても中に生命体がいるような。
 うろうろ石の周りを歩き、ベタベタ触って、その滑らかな感触を楽しんでいるうちに、いつの間にか安田ワールドに包まれているのです。

2018年06月25日